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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)10677号 判決 1973年5月29日

原告

及川勝

被告

中野忠男

主文

被告は原告に対し六七万八一一二円及びこれに対する昭和四六年一二月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、その一〇分の三を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決の主文第一、第三項は仮執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告「被告は原告に対し一〇〇万円及びこれに対する昭和四六年一二月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行宣言

被告「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決

第二原告の主張

(請求の原因)

一  原告(八才、男子、小学生)は、昭和四五年一一月一六日午後四時三〇分頃東京都足立区島根四丁目二四番九号先交差点(交通整理が行われていない。舗装)において、東から西へ横断歩行中、左方(南)から進行してきた被告運転の普通乗用自動車(足立五れ三五七七、以下被告車という)が原告の左大髄部左側附近に衝突し、原告ははねとばされた。

二  原告は、右事故により

1 左側頭部打撲血腫、左大髄骨骨折の傷害を受け、

2 同日から昭和四六年四月一四日まで一五〇日間入院し、その後同年六月二八日までの間四七回(実治療)通院して加療した。

3 右加療にかかわらず、

(一) 左足に醜い傷痕を残し(自賠法施行令別表第一四級一〇号該当)

(二) かつ、歩行機能障害の残る虞が十分にある。

4 また右治療により数カ月にわたり休学を余儀なくされて学業が遅れており、更に醜い傷痕を残すことにより将来の結婚、就職にも支障を生ずることが予想され、且つ骨折及びそれに続く観血整復手術等肉体的にも甚しい苦痛を受け、家族らの苦しみとも混り合つてその精神的苦痛は子供心にも筆舌に尽せない程である。

三  被告は、被告車を所有し、かつ業務用に使用し、自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条により、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

四  原告が右受傷によつて蒙つた損害の額は次のとおりである。

1 治療費(診断書料を含む) 七二万五七〇〇円

2 付添看護費 小計五六万五一四八円

(一) 職業付添人の分(入院全期間を通じ) 三六万一六四八円

(二) 母親の付添分(入院中) 一八万円

一日当り一二〇〇円

(三) 同(通院分) 二万三五〇〇円

一回当り五〇〇円

3 通院交通費(一回当り二六〇円) 一万二二二〇円

4 雑費 四万九七〇〇円

入院一日当り三〇〇円、通院一回当り一〇〇円

5 慰藉料 九〇万円

6 弁護士費用 一〇万円

手数料、謝金各五万円

五  原告は、以上の損害のうち、一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年一二月一一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(抗弁に対して)

六 被告主張六の事実は認める。

七 同七・八の事実は争う。

本件事故当事竹の塚方面から梅島方面に向う道路中央線左側部分(被告車の対向車線)は梅島方面から本件事故現場の横断歩道上まで数珠つなぎに車両が停滞して停止中であり、原告が本件交差点に至つた際、たまたま右停滞車両の最後尾に追い付いた車両が原告を現認して交差点内を避けてその手前で一時停止して原告の歩行横断を促してくれたので、原告が横断をはじめ、横断し終える直前、一旦停止ないし徐行していた被告車が再び加速して、被告車前部左側が原告に激突するに至つたものである。

原告が右交差点南側横断歩道を利用しなかつたのは、当時同横断歩道上に停滞車両があつて利用できなかつたのであり、過失というには当らない。そのうえ、被告は本件現場附近に居住し、かつ自動車を運転して附近を常時運行しており、本件交差点があること、そして本件交差点では常時多数の横断者があることなど本件道路状況を知悉していたものであつて、更に本件事故の発生直前にも原告と同様の経路で現に二、三人の児童が横断歩行していたこともあり、従つて被告が前方を十分注視することは勿論、危険を感ずれば直ちに停止しうる程度にまで減速し、かつ警笛を鳴らして相手に注意を促すという措置を講じていれば本件事故は避け得たものである。

第三被告の主張

(答弁)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実中、1、2、3(一)の各事実及び4のうち原告が入院期間休学したことは認めるが、その余は争う。

三  同三の事実は認める。

四  同四の事実中1、2(一)の各事実は認めるが、その余は争う。

(反論)

五 請求原因四について

1  (原告主張四2(二)について)原告の全入院期間を通じて職業付添人が居り、原告の母が付添つた事実もその必要もない。

2  (同(三)について)原告は当時小学校三年生であり、原告方付近から病院近くまで路線バスがあるので、退院一ケ月以降は独りで通院できたというべきであり、この期間の母親の通院付添看護費は事故と因果関係がない。また、通院に要する時間は短かく、母親の通院付添看護費は認めるまでもない。

3  (同3について)退院一月以降はバス利用が可能であり、バス料金によるべきである。

4  (同4について)入院分は、一日二〇〇円の割合によるべきである。通院分は、交通の便宜、所要時間に鑑み、雑費を要するはずがない。

(抗弁)

六 損害填補

被告の任意弁済及び自賠法一六条による支払により、原告の損害中七二万円が既に填補されている。

七 免責

被告は被告車を運転し、時速約二五キロメートルで梅島方面から竹の塚方面に向つて道路の中央線左側部分のほぼ中央を進行し、本件交差点のほぼ中央で、続行して来た対向自動車のうち、荷台にほろをおおつた貨物自動車(四屯車位)とすれ違つたが、その瞬間同車後部かげから西側へ横断すべく突然かけて来た原告を約一乃至二メートル右前方に発見した。

そこで被告は急ブレーキをかけて衝突を回避しようとしたが、原告が被告車の至近距離で突然その進路に飛び出したものであつたため、停車寸前その中央よりやや右側を原告に衝突させるのやむなきに至つた。

原告には、衝突地点手前の交差点入口には横断歩道があるので、当然右横断歩道を利用して東から西へ横断すべきところ、これを怠り、横断歩道外で続行する自動車の間を縫つて横断を企図し、左方から進行して来る被告車に注意しないで、右方から来た前記貨物自動車の通過直後を駈けて横断した点に重大な過失がある。

他方被告には、近くに横断歩道があるのに、横断歩道外を対向車の通過直後に駈けて横断する者があるとは予見し得なかつたし、かつこれとの衝突を回避することも到底不可能であつたから、被告に運転上の過失はなく、右事故はひとえに原告の過失によるものである。

また被告は、運行供用者としての過失はなかつたし、被告車には構造上の欠陥および機能の障害はなかつたのであるから、自賠法三条但書により免責される。

八 過失相殺

仮に、被告が免責されないとしても、右事故発生については、原告の重大な過失が大きく寄与しているので、損害陪償額の算定にあたり、これを十分斟酌すべきである。

第四証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生と状況、過失相殺

請求原因一の事実は当事者間に争がない。

そこで、事故発生の状況について判断する。

右争のない事実、〔証拠略〕によれば、次の各事実を認めることができる。

1  本件交差点は、竹の塚方面(北)と梅島方面(南)を結ぶ歩車道の区別がなく、両側にどぶ川の存する幅員約六・八メートルの道路(旧日光街道、以下甲路という)と西側においては幅員二メートル余、東側においては同六メートルを下らない歩車道の区別のない道路(以下乙路という)とが概ね直交するもので、その南側には甲路を横断する横断歩道(北側にはない)があり、甲路には交差点部分を除き中央線の表示がある。

付近は小商店が多く、甲路は車両の通行がひんぱんである。

2  事故発生当時、甲路を南進する車両が多く、これら車両は低速で進行し、あるいは停滞する状態であつた。

3  被告は、被告車を運転して、甲路を北に向け中央線寄りを、先頭車両として時速二〇~三〇キロメートルで進行していたところ、右横断歩道付近にさしかかつた頃、すれちがつた対向車両の後ろ、中央線付近約六・五メートル先に原告の姿を発見し、危険を感じて急制動をかけたが及ばず、停止に近い状態で衝突した。

(被告は右対向車両がほろ付きの四屯車位のものであると主張し、被告本人尋問の結果中にはこれに副うものがあるが、〔証拠略〕により窺われる捜査経過からして直ちにそのとおり信用することができない。また、被告が、原告を約一~二メートルの直前に発見したとの主張も、〔証拠略〕中にはこれに副うものがあるが、前掲乙第五号証の記載(ことにスリツプ痕の位置等)に照らし、右主張は到底肯定することができない。)

4  原告は、右交差点の北東角付近において、二、三分間とぎれることのなかつた甲路南行車両のとぎれを見て(同所に到達した車両のとぎれであるのか、内一台が停止ないし徐行して原告のような横断歩行者の通行を可能にしたのかはしばらくおく)、早足ないし小走りの状態で、甲路を横断し、北行車両の存否等につき十分確かめもしないまま(それ故に被告車の来るのに気付いていない)、甲路中央(同所には中央線の表示はない)を越え、そのまま歩行を続けて衝突するに至つた。

以上の事実を除いては、事故発生の状況につき本件において重要な事実を認めるに足る証拠はない。

叙上の事実によれば、<1>被告は、自動車運転者として、右交差点通過に際し、必要な注意義務の履行に欠けるところがあつたものといわなければならない。すなわち、北行車両の先頭を進行する被告車の運転者には、対向車線を南行する車両が多く、右交差点東側からこれに進入しようとする人車の状態を十分認識できない状態にあつたのであるから、横断歩行者の存在をも慮り、これとの衝突等の危険を未然に防止できるよう、交差点通過に際し、適宜減速等の措置をとり、かつ、前方注視を厳にする等の所為が要求されるのであるが、漫然これを怠つたものといわなければならない。<2>一方、原告においても、甲路を横断するにつき、甲路を北進する車両との接触等の危険を防止するのに必要な注意を怠つたものといわなければならない。すなわち、原告は横断開始あるいは甲路中央を過ぎる以前において北進車両の存在を予想し、これを十分確かめた後横断を開始あるいは続行すべきものである。(ここで問題は、原告が駈けて横断したか否か(ことに道路中央を越えて後)ではない。)<3>原告の横断箇所、したがつて、衝突地点は横断歩道外であるが、当時前記横断歩道が停滞車両によつてふさがれていたかどうかは別として、南進する多くの車両により同所における迅速、安全な横断が十分保し難い状態にあつたことは推認するに難くないので、この点は<1>の義務違背を否定するほどの事情とは認められない。

したがつて、被告の免責の主張は理由がないが、以上に述べたほか、さきに認定して右交差点の状況や原告の年齢(争のない事実)等を考慮し、原告に生じた損害のうち、被告において負担すべきものはその三分の二に限られるべきものというのが相当である。

二  傷害、治療経過と後遺障害等

請求原因二1、同2、同3(一)の事実及び原告が右入院中小学校を欠席したことは当事者間に争がない。

右争のない事実、〔証拠略〕によれば、次の各事実を認めることができる。

1  原告は、右受傷のため、左下肢の観血整復手術を受け、入院期間中約四ケ月にわたり、腹部までのギブスをつけたままの状態で、また、右期間を通じ、持続的な強度の痛みに苦んだ。

2  右手術等の結果、左大腿部から膝部まで、外側に顕著な創痕(長さ合計約三〇センチメートル)を残した。

3  右退院後ほどなく、再び登校するに至つたが、一時松葉杖を用いて漸く歩行し、また通院のため早退し、学業の回復には相当期間を要した。

三  損害額

1  治療費(診断書料を含む) 七二万五七〇〇円

争のない事実

2  付添看護費 小計四二万五六四八円

(一)  職業付添人分(入院全期間を通じ) 三六万一六四八円

争のない事実

(二)  母親の付添分(入院中)

〔証拠略〕によれば、原告の母及川静子は右入院中殆ど毎日一回自宅から病院(足立区竹の塚五丁目所在足立十全病院)に通つて、原告の世話に当つたこと、但し、退院に近い一ケ月位は午後の一時間位に止つたことが認められる。ところで、原告には右期間を通じ職業付添人がその看護に当つたとはいえ、原告の年齢や前掲の苦痛等に鑑み、さらに母の看護は必要なものといわなければならず、これを評価すれば、交通費とも合計五万円とみるのが相当である。

(三)  母親の付添分(通院分)

〔証拠略〕によれば、原告の前記通院に際し、母及川静子がこれに付添つたことが認められ、原告の年齢等に鑑み、これが必要なものであつて、これを評価すれば、合計一万四〇〇〇円とみるのが相当である。

3  通院交通費 八八二〇円

〔証拠略〕によれば、前記通院には概ねタクシーを用いたこと、タクシー運賃は片道一三〇円であること、自宅と病院間は通常は路線バスの利用も本数はともかく特に不便とはいえないことが認められ、原告の前記の歩行能力に鑑み、二七回分タクシー運賃、その余の二〇回分バス運賃(付添人とも九〇円)の各相当額の範囲において相当因果関係のある損害とみるべきである。

4  雑費 四万七〇〇〇円

原告が右入院、通院に関し、種々の雑費の支出を余儀なくされたことは当然推認されるところ、その年齢、症状に鑑みその必要額は右のとおりと推認するのが相当である。

5  慰藉料 八〇万円

前記二の事実によれば、本件事故発生についての原告の過失を度外視すれば、右金額を相当とする。

6  弁護士費用 六万円

〔証拠略〕によれば、原告は本件損害賠償の任意支払を受けることができず、やむなく、弁護士である本件訴訟代理人に訴訟の提起追行を委任し、その主張の金員を支払い、あるいはその支払を約したものと認めることができ、本件訴訟の経緯、認容額等に照らし、うち訴状送達の日の現価として右金額が本件事故と相当因果関係のある損害とみることができる。

7  以上合計二〇六万七一六八円(弁護士費用を除くと二〇〇万七一六八円)

四  結論

以上損害のうち被告が負担すべき分は、弁護士費用を除くその余の分についてその三分の一を控除した一三九万八一一二円であるが、そのうち七二万円が填補済であることは当事者間に争がないのでこれを差引くと六七万八一一二円となる。

よつて、原告の本訴請求は損害賠償として六七万八一一二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一二月一一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨)

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